2012年3月4日日曜日

「幸運の遺伝子」は存在するか

人間の「最強の能力」とは「幸運」かもしれない。もし「幸運の遺伝子」が存在するとしたら、それはどのようなメカニズムで作動するのだろうか。SF作品から考察する。

 2010年にサンディエゴで開催された『Comic-Con』において、たくさんの人々が「最強の能力」について質問を受けた。『スパイダーマン』や『X-メン』等の原作者であるスタン・リーは、それは幸運だと答えた。幸運があれば、悪いことは何も起こらないからだ。
 スーパーヒーローものでは、ヒーローたちが持つ超能力の理由についてさまざまな理由づけを行っているが、そのなかでは遺伝という説明が多い。では、幸運という能力をもたらす遺伝子があるとすれば、それはどういうものだろうか。

 SF作家ラリー・ニーヴンの作品世界では、ある異星人の種族[ピアスンのパペッティア人]が登場する。ひどく臆病な彼らは、周囲の環境にある危険をできるだけ取り除こうとする。そのために彼らがよく用いる方法のひとつに「品種改良」がある。他のさまざまな種族の異星人たちを改良し、自分たちにとって有益な特性を強化するのだ。例えば、好戦的な種族については、何回かの戦争を操作しつつ、最も好戦的でない者が生殖できるようにしていく。

 パペッティア人たちは、人類については、異星人たちのなかではとりたてて強くも賢くもないが、「幸運」という特性を持つとみなした。そこでパペッティア人たちは、[出産権抽籤という]一種のくじ引きを考え出し、当たりを引いた人間が優先的に子どもを持てるように、人類社会を誘導していった。

実はわれわれが存在するということは、すでに天文学的なほど小さな確率によっている。例えばあなたが受精卵だったとき、受精に成功した精子は1億個のうちのひとつだった。そもそも不成功に終わった生殖行動も多い。そして両親の出会いから、第二次大戦中に祖父が弾丸を避けて生き残り、祖母に出会ったことまでも問題になってくる。だから、どんな人間であれ存在する人は皆、非常にわずかな確率を克服してこの世に登場してきたものなのだ。
 このような歴史上の「もし」は、いくらでも細分化して考えることが可能であり、そうなるとわれわれの知る「存在」というものが生じる確率は、もはや統計的にほとんど起こりそうもない、それこそ統計力学の領域で扱われるような数字になってくる。

 誰かが何度も成功しているからといって、必ずしもそこに理由があるとは限らない。それが存在をかけた争いであれ、あるいは単に株で儲けることであれ、それなりの数の人間が競い合う状況においては、成功することは合理的な理由を伴わない、単純な運不運の問題でありうる。つまり「起こりそうもないということ」だけでは、必ずしも「幸運遺伝子」が存在するための条件にはならないわけだ。とはいえ、実際そこにどのような選択のメカニズムを適用すればよいのか、筆者には見当もつかない。
 しかしそうした遺伝子があるとすれば、それはどのように作用するのだろうか。ニーヴンの小説では、幸運遺伝子は、他のすべてに優先する自己保存遺伝子として、本人の意図的選択とはまったく無関係に作用する。ニーヴンの短編『Safe at Any Speed』(邦訳『安全欠陥車』)では、こうした遺伝子が普及した結果、悪いことは何も起こらない社会が描かれている。
 
ニーヴンの幸運遺伝子にしても、ハリー・ポッターの「幸運のポーション」にしても、こうしたものは、ある種の「予知」を用いているように思える。つまり幸運のメカニズムとは、取りうるすべての行動についてその結果を検討し、その中で最善のものを選択することによって、ポーションを飲む人や幸運遺伝子を持つ人に、決して悪いことが起こらない現実をもたらすものであるように見える。
 では、どうすればそのようなことが可能になるのだろうか。私の知る範囲で、この問題に対する説明を試みている唯一の例は、SF作家ニール・スティーヴンスンの小説『Anathem』だ。(以降、ネタバレあり)

この小説には、「Incanter(呪文を唱える者)」と呼ばれる少数の人々が登場するが、彼らは量子力学の知識を用いて複数のパラレル世界に同時に存在し、その中から実際に存在し続けるのに最も望ましい世界を選択することができる。
 すなわち、量子力学的な操作を行う能力を人に持たせるような「幸運遺伝子」ならば存在しうるのかもしれない。しかし、そうした遺伝子変異を持つには、まずは非常に幸運である必要があることだろう。

 幸運と能力について、SF的な考察抜きにもっと厳密に考えてみたい人には、Michael Mauboussinの分析(PDF)をお勧めする。

TEXT BY Samuel Arbesman
TRANSLATION BY ガリレオ -高橋朋子/合原弘子

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