2012年4月4日水曜日

「感覚遮断」で幻覚出現

                            Image: daveknapik/Flickr

実際にはそこにない色や物体が見えるようになるのに、幻覚剤は必要ない。感覚をほぼ遮断した環境にほんの15分間ほど身を置くだけで、精神的に正常な人の多くが幻覚を見る可能性があるという研究結果が発表された。

研究では、健康な被験者19人を、光と音を完全に排除した感覚遮断室に15分間入れた。その結果、通常なら脳に絶えず押し寄せている感覚情報を絶たれた被験者の多くが、幻覚や妄想、抑うつ感を経験したと訴えた。

この実験結果は、脳が自らの経験していることの出所を正しく認識できない場合、幻覚症状が現われるという仮説を裏付けるものだ。このような概念は、研究者の間で「ソース・モニタリングの誤り」と呼ばれる。

[ソース・モニタリングは、ある特定の記憶について、その情報源が何であったかを判断するメタ記憶の一種。中でも、事実と空想を判別するソース・モニタリングはリアリティ・モニタリングと呼ばれ、精神錯乱や薬物中毒などではこの能力が失われる。子どもにおいては不完全であり、正常な大人でも時おり混乱する]

「これは、人間が自分の思考の出所を誤って認識する――つまり、実際には自分の内側で起こったことが、外側で起こったように誤って認識されるときに幻覚が生まれる、という考え方だ」。ロンドン大学ユニバーシティー・カレッジ(UCL)の心理学者Oliver Mason氏は、取材に対する電子メールで述べた。Mason氏らのチームは、今回の研究成果を10月の『The Journal of Nervous and Mental Disease』誌に発表した。

研究チームは、被験者の選出にあたって、200人を超すボランティアに『修正幻覚スケール』という質問表に回答させた。これは、健常者が幻覚を見やすい傾向を評価するための尺度だ。研究チームは、質問表のスコアの上位20%と下位20%からそれぞれ被験者を選び、短期の感覚遮断がどのような影響を及ぼすかを、幅広い傾向の人々において比較できるようにした。

実験では、すべての光を遮断し、音を吸収する無響室に被験者が入り、中央のクッションの効いた椅子に腰掛けた。「部屋の中にある部屋」と研究チームが表現するこの環境は、周囲に分厚い外壁をめぐらし、その内側の部屋には吸音パネルを張って床を浮かせた構造になっている。外壁と内壁の間には大きなくさび型のグラスファイバーが入っている。「これによってノイズが極めて少ない環境ができあがり、外部からの音圧は耳に聴こえないレベルになる」と研究チームは記している。

被験者は非常ボタンを持たされたが、誰もそれを使うことはなかった。視覚と聴覚を15分間遮断された後、被験者たちは『精神異常発現性状態に関する質問表』(Psychotomimetic States Inventory)というテストを受けた。これは精神疾患に似た経験を評価するためのもので、元々はドラッグ使用者の研究用に考案された。


テストの結果、最初の質問表でスコアの高かった被験者では、9人のうち5人が、感覚遮断を受けている最中に幻覚で人の顔を見たと訴え、6人はそこにあるはずのない物や形を見たと報告した。さらに4人が、嗅覚が異常に鋭くなった、2人が室内に「邪悪な存在」を感じたと答えた。これら9人のほぼ全員が、実験中に「非常に特別な、もしくは重大なことを経験」したと述べている。

一方、幻覚を見る傾向の低い被験者は、予想どおり、前者のグループほど知覚の変容は起こさなかったが、それでもさまざまな妄想や幻覚を経験したと報告した。

「感覚遮断は、ケタミンや大麻といったドラッグに近い効果を自然な状態でもたらすもので、精神疾患の症状を引き起こす条件として作用する。もともと精神疾患的な傾向を有する人には特にその作用が強い」とMason氏は述べている。

感覚遮断の研究は新しいものではない。現在研究を行なっている者は少ないが、1950〜60年代に行なわれた少数の研究が、感覚入力の欠如によって精神疾患の症状が引き起こされる可能性があるという説を裏付けている。[ジョン・C・リリー(John C.Lilly)は1954年にアイソレーション・タンクを考案し、感覚遮断の研究を行なった。アイソレーション・タンクの場合、視覚・聴覚だけでなく、温覚・上下感覚を取り除くことが可能]

[感覚遮断状態を長時間続けると、まず自分で刺激を作り出すようになる(独り言が多くなったり歌を歌い出したりする)。この状態を過ぎると幻覚を見る場合がある。感覚遮断から解放した後に計算や方向感覚や論理などのテストをしてみると、著しく能力を低下させている者が多い]

[日本語版:ガリレオ-高橋朋子]


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